悪霊たちの住む音像の世界 


そこはあたかも平地の向こうに黒い山脈があり、まるで源平の合戦の場のような世界である。

 そして そこにいる何十人もの声の怨霊軍団にはそれぞれに人格があり、まるでそちらの暗黒の世界のほうが、現実かのようにさえ感じる。その悪霊たちが次々と私に指示を出してきた。

「自殺の方法は私たちが教えるのでございます。オマエはその指示通りに行動すれば良いのでございます」

 まさに魔王(他化自在天、全ての魔を統括する王)は知恵が優れている、と経典には説かれているが(欲界の最上の第六天に住し、人間をそそのかし、苦しめ不幸に陥れる天魔)その通り、その悪霊たちは魔王の眷属であり、その悪知恵にはとても人間にはかなわない。

 私も完全に翻弄され悪霊の思いのまま、まるであやつり人形のようにフラフラと自殺への準備作業をしていった。

「まずは庭の倉庫の中にある三脚を裏階段の下に置くのでございます」

 私は知らなかったが、たしかに倉庫には母の庭の手入れ用に使う三脚があった。私は悪霊の指示通りに三脚を階段の下に置いた。

「次は階段の段と段のあいだに、ひもを通してたらすのでございます。そこに首を掛け、オマエはお望み通り、首吊り自殺をするのでございます」

「死ねば私は本当にこの苦しみからのがれ、楽になるのですね、千年妖怪さま」

『そういう事で~ございます~』

  

 指示通りに様々なひもを吊るすが、どれもなかなか思い通りにいかない。  長さが足りなかったり、強度がなかったりと失敗続きであった。

—————-私はこの自殺方法では道具が足りないと一旦あきらめた———–

 私は他の方法を考えた。

 「それならば飛び降り自殺しかない」と思った私は自宅の二階から飛び降りようか・・・しかし高さが足りない。それならばいっそ近隣のマンションの屋上から飛び降りようか・・・しかしどれもオート・ロックで中に入れない・・・

 入れるのは低いアパートばかりで「何だよ!こんななんの役にも立たねえ建物ばかりで・・・」と私はブツブツ文句を言いながら世田谷区内を歩き回っていた。

 もしこれが近くに高島平とか高層団地があれば、間違いなくそこから飛び降りていた事であろう。

——————–この自殺方法でも無理だとあきらめ、私は少し冷静になったところで少し休もうと家に戻り床に入った———————————————-

 本当に悪霊らの知恵ははかり知れない。家の中でもっとも自殺に適した場所を把握し、またその方法も道具さえも知り尽くしている。

 私がいかに自殺を自ら願い、行動させていくかまで驚くほど緻密に計算され尽くしている。

 なるほど、世の中でも様々な人格破綻の末、奇怪な自殺、殺人、犯罪等が起こっているが、皆同様にしてこの悪霊らに騙され、気付かないうちに不幸のどん底におとし入れられていったのか・・・

 仏教典にはこれらの現象を、

「他化自在天/第六天の魔王」

(自在の通力を用い、あらゆる手段で人々を苦しめ、惑わす存在)

 そしてその眷属である悪霊、妖怪らがその悪知恵、自在の通力によって人々を翻弄させ、生きながらにして地獄の境涯に陥とし入れる、と説かれている。

 まさしく、仏教典に説かれている内容は全て真実であったのかと驚き、納得させられる。

————-私はだんだんと妖怪らとのやり取りに慣れ、興味本位で私はそのバケモノにこうたずねてみた——————

「あなたはどなた様でございましょうか?」

『千年妖怪と〜申します~』

「ほう~、では、ご年齢は千歳という事でございますね、長生きですねぇ」

『いいえ、七千三百二十七歳でございます~』

「奥さんもいらっしゃるのでしょうか?やはり同様に数千歳?」

『たくさんいるのでございます~皆十七歳から二十歳なので〜ございます~』

「それはうらやましいですねー」

『うらやましいでしょう~ドーン ドン ドーン・・・死んで~ゆくので~ございます~裏切り者は~死ぬので~ございます~』

—————とまた始まった・・・————————————————————-

 そんなバカバカしいとも言える妖怪との念を通じての会話の中、私はある事実を思い出した・・・

 私は元々仏教を利用したある日本最大の宗教団体「嘘か学会」に所属していた。

 しかしその『ウソも百篇つき通せば真実となる!』と自ら嘘、デマをつきまくっていた会長のカルト性に気付き、今回の事件の起こる二ヶ月前に私はその本尊を破り捨て、組織を脱会したのである。たしかにその時仲間から言われた言葉が「オマエはウラギリ者だ!」だった。

 なるほど!それで合点がいった。この妖怪らは、以前入っていた宗教団体と、その本尊に取り憑いていた「悪霊」であったという事を・・・私がその宗教団体を脱会したので、それを裏切ったと恨んでやって来たのか!

 「ソウか!ソウか!そういう事だったのかー!コイツらは嘘か学会に取り憑いていた悪霊だったのかー!」

 と、そう心に思った瞬間、私の心が読めるのか、その悪霊たちは本音を語り出した。

「そういうことで~ございます~我々は第六天の魔王より仰せつかってオマエを呪い殺しにやってきたのでございます~よってオマエのようなウラギリ者は~気が狂って死んで~ゆくので~ございます~」

———-悪霊自ら第六天の魔王の存在を明らかにしてくるとは——————–

 そして千年妖怪がやってきた経緯について、こう話し出した。

「オマエは嘘か学会の本尊を破いたので~ございます~その本尊は~実は本物だったので~ございます~オマエは日蓮正宗の東倉にまんまと騙されたので~ございます~よってオマエは地獄に堕ちるので~ございます~」

 と。そういえば二ヶ月前の嘘か学会から脱会した時、日蓮正宗の東倉さんから「学会版本尊は嘘か学会が無断で作りだした偽物なんですよ。そんな物に手を合わせていたら悪霊に取り憑かれます!すぐに破棄しましょう!」と言われ、その場で自ら嘘か版本尊を破り捨てた経緯を思い出した。

 そして元、嘘か学会の仲間にもその事実を教えていった。

 千年妖怪いわく「嘘か学会版本尊」とは、実は本物であったと。「私は東倉さんに騙されたのか!」と。

 私はまたまた悪霊らの作り話にまんまと騙されてしまった。

「そういう~ことで~ございます~」

 (ドーン ドン ドーン・・・)

 そしてさらに悪霊たちは次々とその容態を変え、私を翻弄していったのである。