「奇異な行動は全て妖怪『怨妙心』の指示」


 その悪霊の言いなりとなり全国の小学校に生姜を毎朝送り続け、危うく悪質な愉快犯として犯罪者となりかけた話。

『妖怪『おんみょうしん』と~申します~』

—————–また違う妙な妖怪が出てきたか・・・—————————

「今度はなんという妖怪だ?で、どんな字を書くんだ?」

『(おん)とは怨念の怨、(みょう)とは非常に稀なるという意の妙、(しん)は心、つまり「きわめて稀なる怨念の心」という意味なので~ございます~』

————今度こそこんなバケモノには騙されないぞ・・・——————

「で、一体私に何の用だ? 何かしてほしい事があるのか?」

『そういう事で~ございます~全国の小学校に生姜を送ってほしいので~ございます~これは騙しではございません~』

—————-こいつもやはり私の心が読めるのか—————————————-

「一応その理由を聞こうか?」

『あなた様もご存知の通り、外国では炭疽菌事件というのがはやっているので~ございます~それがもうじき日本にも入ってくるので~ございます~それをくい止めるのがあなたさまの~お役めなので~ございます~さすればあなた様は世間の有名人、全国の小学校から~お礼の手紙が来るので~ござます~』

 妖怪怨妙心の持ちかけてきた話とはこういう事だ。当時米国で炭疽菌事件というテレビ局や上院、下院議員宛に無差別に炭疽菌が送り付けられ、多くの被害者を出すという事件が起きた。それが怨妙心の話では日本の小学校にも送付され、米国と同様、いずれ多くの被害者が出てしまう、それを事前に警鐘を鳴らし、防ごうという提案であった。

 まずは私が全国の小学校に生姜を「三年五組行き」という宛名だけで送付する。するとそれが本当になぜか小学生の手に渡ってしまう。中身はただの生姜で良かったが、これがもし本物の毒物であったら・・・とそれ以来、不審な郵送物が届いた際にはまず用務員室に届けられ、その後専門の機関に渡されて、厳重に調査され無事に被害に合わずに済む、というシナリオである。

 私は確かにこの話にも一理あると思った。今度こそ真実の話に間違いない、何とか全国の三年五組の小学生を救わなければ・・・

 そして私も一躍時の人となり、有名人に・・・


『東京世田谷に在住の前田ゆきはるさん、炭疽菌事件を事前に防ぎ小学生を救う!』

 という新聞記事の見出しで・・・そしたら全国の小学校からお礼の手紙やら学校に招待やらテレビの取材やらで、これから忙しくなるぞー、小学生に会ったら、まずはやはりプレゼントは欠かせない。やっぱり筆記用具が良いかな~・・・

 などと先走った妄想までしていたのである。

 と、そこに今度は小学校三年五組の精霊十数人が現れた。この子たちは戦時中空爆に襲われ一瞬にして一度に皆死んでしまったのだそうだ。その後は生徒皆で集まったままこの世に浮遊しているという事である。

 実際、私の住む小田急線梅ケ丘駅前には夜中でも赤い提灯が不気味灯る地蔵があるが、それは昔、戦災で亡くなった子供たちの霊を鎮めるための地蔵だと聞いた事があった。

—————そうか、全国の小学校の三年五組に生姜を送ってほしいというのは、この子供たちのたっての願いだったのか・・・—————————————-

 それで私はこの以来内容がますます腑に落ち、バケモノの言う事を完全に信じきってしまったのである。

「それで妖怪怨妙心様、私はどうすれば良いのでございますか?」

『まずは生姜を薄く薄~く切るので~ございます~そうしたらそれを小さい透明のビニールの袋に三枚入れ~封筒に入れるので~ございます~』

「こんな感じでよろしいのでございましょうか?」

『いやいや、もっと薄~く切るので~ございます~透けて向こう側が見える位に薄く切るので~ございます~そしてそれを封筒に入れ~全国の小学校三年五組宛に送付するので~ございます~』

「宛名はどのように書けばよろしいのでございましょうか?」

『住所と︎⚪⚪小学校三年五組行き』と書けばよいので~ございます~』

「私の住所、氏名は?」

『ただ「前田之治(ゆきはる)」と名前だけ書けば良いので~ございます~』

 ——現代では名前だけでも私の事はすぐにバレてしまうのだが・・・——

 そのようにしてまずは出身校から救わなければと、中原小学校、片山小学校、田無小学校と、それに続いて北は北海道の小学校からネットで住所を調べ、せっせと毎朝生姜を切っては送り続けていたのである。

 ——–そんな様子をバイトの北原君は—————————————————–

「もう止めましょうよ、そんな事続けていたら、いずれ「愉快犯」で捕まっちゃいますよ」

 と言われつつも「いや、全国の小学校が危ない!これから起こる炭疽菌事件から三年五組の皆を救う事の出来るのは、この霊能力で真実を知った私しかいない!」と訳のわからない事を言い続け、毎朝日課のように何通も送り続けていたのである。

 北原君はそんな私の異常行動を見て、いつ捕まるか、いつ捕まるかとヒヤヒヤしていたそうだ。

 すでに時効とは思いますが、当時不気味な生姜を送りつけてしまった全国の三年五組のみなさん、本当に怖がらせてしまってごめんなさい。この本の出版をもってお詫びにかえさせて頂きます・・・