
私の右腕でもあるバイトのエンジニア、北原君と、あるホラーVシネの効果音を収録していた時の事である。
その効果音とは怨恨の上から人を袋詰めにし、上から棒で叩き殺すという恐ろしいシーンに後からかぶせるSE音であった。
通常は撮影の時は収録状況にもよるが、その時に録音した音は使用しないのが通例である。あくまでも後から入れる音のタイミングをとるために、仮に映像に入っているにすぎない。
私たちが普段聞いている映画の音は、そのほとんどが後からスタジオで録音された音である。セリフは勿論、衣擦れの音、食器の触れ合う音、歩く音等、後からその映像を見ながら、それに適した効果音を、音響効果職人ともいえる専門家が試行錯誤しながら後付けしていくのが通例である。
それをMA(マルチ・オーディオ・スィートニング)作業という。
その「人を袋詰めにして叩く音」も北原君とあれこれ工夫しながら作っていった。
しかしまたもや案の定、二人ともコダワリ職人というか、あっという間に深夜0時を超える事となってしまったのである。
私も、
——-早く作業を終えなければ・・・また悪霊らが来なければいいが・・・———-
と思いつつも、ついつい職人魂もあり、なかなか思うような音が録れず、時間はどんどんと過ぎていった。
そうこうしているうちに北原君が良いアイデアを出した。
「そうだ、何か新聞紙ないですか?それを丸めていろんな大きさにしてカボチャを上から叩いてみよう!」
彼のアイデアは的中した。こういうケースはよくある事である。全く別な物でも、そのタイミングとその音質の調整によっては本物を用いるよりも良い結果となる場合が多い。それは長年の経験と工夫と、諦めずに納得のいくまで何度でも繰り返す、粘り強い職人気質があればこそである。
————–確かに映像にあててみると迫力満点だ、完璧!言うことなし——–
全ての効果音も仕上がり、二人でソファに座ってほっと安堵していた時である。北原君は何気なくこんな事をつぶやいた。
「たまには役に立つもんですよねぇ!こんなくだらない嘘果学会の魔教新聞も!」
そう、その時使った新聞紙こそ、唯一私の家で以前とっていた、あの嘘果学会発行の「日刊・魔教新聞」であった。
と、その言葉を北原君が言い放った瞬間、
「オマエら皆殺しだ~!全員地獄に引きずり込んでやる~!」
と悪霊の声がスタジオ内に響き渡ったのである。まさにそれは魔教新聞に取り憑いた悪霊の声であった。
これを聞いた私と北原君は震え上がり、彼はすぐその場で慌てて印を結び密教の呪文を唱えた。
そして私はすぐに夕の勤行を行った。
それ以来私は悪霊の怒りの声は聞いていないが、その翌日の事である。北原君はぐったりした様子で私の所に現れ、
「あんな恐ろしい目に合ったのは初めてですよ!これを見てください!あの後悪霊が私の所にやってきて本当に足をつかまれ、地獄に引きずり込まれそうになったんですよ!」
と半泣きしながら太ももを見せてくれた。
そこには無残にもくっきりと、それはあたかも大きな五本の指で強く下に引きずられたような五筋の傷跡が残されていた。
そのミミズ腫れ状態となって残された傷跡に二人共「魔の通力がここまで有ったのか」と思い知らされたのである。
北原君はそれ以来、
「もうこんな悪霊の取り憑いた恐ろしいスタジオは懲り懲りです!」
と言い残し、もう二度とバイトに来る事はなかった。
学会発行のその新聞とは、
【悪鬼入其身】(あっきにゅうごしん)
『法華経観持品』より、「悪鬼が其の身に入る」と説かれ、正法を迫害せんと邪教組織の権力者の身に入り、怨念の籠ったその記事を権力と財力を持って日本国中に広く配布し、自らの憎しみを晴らすために発行されている新聞の事である。
私は本当にその新聞には悪鬼が取り憑いている事を確信し、更に他の関係する書物も全て焼き捨てた。
私の知人や他から聞いた話であるが、その新聞を配達、或いは多く取っている家庭にはガンで亡くなったり、その新聞配達中に交通事故死したりと統計的に見ても不幸が多いという事である。
まさしくそこには このような悪霊がとり憑いているからこその現証であろう。